

両替商旧跡は、京阪「伏見桃山駅」を降りて南にやや下った両替町通(京都府京都市伏見区両替町)にあります。伏見城復旧工事が開始され、徳川家康が大阪城より伏見城に移ったのは、慶長6年(1601)ですが、この時、家康は大坂から大黒常是を呼び寄せ、両替町通りの5丁目から8丁目までの4丁を与え、ここで慶長豆板銀、慶長丁銀の鋳造を行なわせました。両替町周辺は、両替商が数多く軒を連ねたとされています。
以下、両替商旧跡にある立て札の内容です。
「両替町1丁目より14丁目までを数える両替町1丁目には、聖徳太子伝授の柿木浜地藏堂があって伏見城築城以前より開けていたと思われる。
徳川家康は、慶長6年(1601)に大坂・堺より大黒常是、同・平野より末吉勘兵衛のふたりを招いて、両替町5丁目に当たる場所に「伏見銀座」を開き、ここを銀座1丁目とし4丁目の間に銀座、御屋敷舗、同改役所が設置されて、慶長丁銀・同小粒・同豆板銀などが鋳造され金銀の品質が初めて統一された。・・・(略)」